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このブログでも里親募集していた、アニマルレフュージ関西に旅立っていった、ふーちゃんが5月26日の午後に虹の橋を渡りました。・・・安楽死でした。

同じ26日の午前中に「介助犬・シーナ」を持つ千葉れい子さんの講演に行ってきました。画像はありませんが、介助犬の候補生の3ヶ月の子犬も会場に来ており、命の尊さを重ね合わせた1日でした。
介助犬育成普及団体 TAC
http://homepage2.nifty.com/totalcare

ふーちゃんバナー

ふーちゃんはフィラリアにかかっていました。その為心臓も悪くセキも続いていました。アークに行った後に新生児の頭ぐらいの大きな大きなヘルニアをオペした際に見つかった腫瘍も成長していました。一時期は落ち着いていたセキも酷くなり寝るのもきつかったようです。

ふーちゃん

12歳・・・これまで苦労に苦労を重ねてきた子です。
最後の最期は獣医師さん、アーククリニックスタッフさん、アークスタッフさん、皆に見守られ静かに、そして一瞬で、その生涯を閉じたそうです。


ふーちゃん

ふーちゃんは、アークに行くまで愛情を貰った事がありませんでした。ご飯も2.3日は当たり前で忘れられていました。私の母がホームヘルパーで訪れるまでは散歩も行った事がありませんでした。雨風にも打たれて過ごしました。「どっかに行ってくれたら。」と何度も放されもしました。でも、ふーちゃんは何度も戻ってきました。・・・それでも、ふーちゃんにとっては大切なご主人であり、ふーちゃんの、おうちはここしかなかったのです。


ふーちゃん

ふーちゃんは、とても小さな子でした。
そして、私が動物病院へ診察に連れて行った際に、先に診察台に上がって、不安そうに鳴いている子猫を心配する優しい優しい穏やかなで瞳の澄んだ子でした。


ふーちゃん

安楽死・・・という決定を聞き、私は何度も泣きました。
それから、ふーちゃんに、おやつを送ろうともしましたが、犬用品のコーナーの前で胸が詰まり買えませんでした。お別れに花束を送ろうともしましたが、やっぱり胸が痛くなり出来ずじまいでした。
私がしたかった事は、こんなことではなかったのです。


ふーちゃん

私は安楽死という決定に悲しんだわけではありません。
自分の元で最期を看取れなかった事、もっと早く何とかしてあげたかった想い。その2つでした。
私は安楽死には賛成の考えを持っています。
特に、ふーちゃんのように辛い経験をしてきた子に最後の最期まできつい思いをさせたくありません。最期ぐらいは静かに幕を閉じて欲しいと願います。


ふーちゃん

アークでは里親さんには出会えなかったけれど、ふーちゃんが一番輝いていた時間です。。
スタッフの皆さんに沢山の愛情を注いでもらいました。
暖かい手が、優しい声が、どんなにふーちゃんの心を解きほぐしてくれた事でしょう。


私は、今回の事で今後機会があれば老犬を引き取るつもりです。


ふーちゃん、お疲れ様、よく頑張ったね。
今度生まれ変わったら、私の元に来てくれるかな。
ふーちゃん、また逢える日を楽しみにしているよ。・・・絶対逢えると信じているよ。

ふーちゃんの生きてきた足跡に負けないように。
私も今日から明日へと歩いていきます。


最後に、アークスタッフの方々、ブログで里親募集を手伝って頂いた方々、心より感謝申し上げます。


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2007.05.31 / Top↑
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