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とあるニュース番組での一コマ。

先天性の小脳の病気を持つ女の子の、ちょっとしたドキュメンタリー企画でのこと。


運動バランスを司る、小脳の障害があり、彼女の動きはぎこちなく、乳幼児期は、座ってはバランスを失い、転倒するといった病状に、ハイハイの手足の動きもバラバラといった病状に、

「この子は歩けるようになるのか?」

両親は心配します。

たかだか2歳で、リハビリにも精を出し、身体にしっかりと、動きを記憶させます。

その頑張りの成果もあって、幼稚園にも通いだします。

彼女は、ぎこちないながらも歩けるし、ちょっとした小走りまで出来るようになります。

rica

お母さんが、涙ぐみ、歩けるようになる前のインタビューで、こう話していました。

「普通に歩いて、普通の学校に行って、普通恋して、普通の女性として、この子が幸せになれるのかが心配なんです。」

・・・と。

rica

否定するつもりはありません。

私の思ったこと、そのままを書きます。

「普通」って、そもそも何なんでしょう?




変な言い方ですが、りーたんが四つん這いで部屋を移動するのは、私にとっては普通です。
傍目から見れば、違うことかもしれません。

価値観も、思想も、重要視することも、捉え方も、人は様々です。




りーたんの支援学校は、肢体が不自由で、病気を抱えている子供たちが通っています。

みんな、身体が自分の意思では思うようにいかない子供たちばかりです。

この子達は「普通」ではありませんか?

・・・・私から見れば、彼らこそ綺麗な瞳を持ち、真っ白な心を持ち合わせている人間です。

そして、支援学校は、一人ひとりの能力に合わせて、学べる素晴らしい学校です。




「普通の恋」って何ですか?

りーたんも、お年頃になり、恋焦がれる男性が、そのうち出来ることでしょう。

その人を心から想う事が恋であり、どんな状況であれ、普通も、普通でないもないのではないでしょうか?




色々と、毒を吐きましたが(苦笑)、、、

あくまでも私の考えです。



非常識な言い方かもしれませんが、病気の子供を持つということは、ある程度、開き直りも(明るくいい意味で)覚悟も、あきらめも必要かと、私は考えています。

例えば、どんなに過酷なリハビリをしても、病気によっては、歩くことが困難な場合もあります。

そのことを分かっていても、

「やれば出来る!!頑張れ頑張れ!!」

・・・と言う事が、いいことでしょうか?

歩けないかもしれないけれど、歩けたらラッキー、ぐらいの開き直りのほうが、本人が楽な場合もあります。



りーたんの病気の終期は、寝たきり状態となってしまいます。

「いや、そんなことはない!!」

そう言うのは簡単です。

希望を持つことは、とても大事なことです。

ただ、現状を把握する覚悟も必要かと、私は思っています。


あきらめと書きましたが、決して悲観的なものと捉えないでください。

無理強いを、本人にさせない、あきらめです。

私は、りーたんなりの「普通の人生」を歩むと思ってますし、医学は日々進歩してますし、何より、彼女が放つパワーの強さを信じています。


・・・・・・「私(ママ)が作り上げる、りーたんの人生ではなく、りーたんが作っていく人生を歩んで欲しい。」

私の希望は、これだけかな。



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2009.07.20 / Top↑
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